雛形書庫

An Unmoving Arch-Archive

主観と客観のはざまに表彰する『konel.mag Issue 06』

はじめに

一年半ぶりの新刊は想像の斜め上を行く"賞状"、その意外性と希少性には思わずめでたくなってしまう一方、同人誌の内容はこのサークルらしい穏やかさと堅実さがある。特集にある「勝手に表彰! なんでもアワード2018」では多岐にわたるプロダクトが表彰されていて、そこで語られる経緯はロジカルに突き詰めて得られたというよりかは、どちらかというと著者ら個人の体験がベースになっている。しかしそれは著者らの、個人的な体験を踏まえたうえで本当に称えたい、という気持ちの裏返しでもあることは容易に想像される。そしていざ自分でも何か表彰してみようとすると、何をノミネートするかの判断、当たり前すぎないけどマイナーすぎない絶妙なところに、実は個人の力量が問われているということがよくわかる。そんなkonelがコミックマーケット94に合わせて出した久しぶりの新刊、告知サイトはこちら。

 

konel-works.com

 

 

賞状の意外性/表彰の希少性/ウェブで読む体験

ごく狭い観測範囲であることをおことわりしつつ、しかし僕の知る限りでは賞状を売るサークルは過去に見たことがなく、また個人的に賞状とお金を交換した経験もない。でもやろうと思えば誰でも表彰するのは自由だし、そのための賞状も好きに作れて・かつ手渡し可能な紙(物理)で強いという特性もあり、そこを突いてくるか、というアイデアの妙が眩しい。僕は残念ながらコミケには赴いていないのだけど、無闇に表彰される様子は絵的にもかなり面白いものだったのではないかと想像する。同時に表彰という、子供のころはごく身近に存在したはずが、大人になると失われて久しい(当社比)文化を復興しようとする試みは、我々をしてめでたい方向に歩ませてくれる。

 

本書はPDFでの頒布が前提となっているものの、同一の内容がWeb版としても提供されていて、ブラウザからの閲覧もできる仕様になっている。通常の横長のディスプレイでは縦長のPDFは読みづらいから、ウェブで見られると助かるという実際的な利点もさることながら、それ以上に"読み"の体験、1ページに収めることが暗に要請されるPDF版と、メニューからジャンプし、画面をスクロールしながらインタラクティブに読み進めることを前提としたWeb版とでは、読む感覚がここまで違うものだとは想像していなかったので純粋な驚きがある。そのデザインにおいて紙媒体とWebが異なるというのは、デザインに明るくない僕でも小耳に挟む話ではあるけれども、それが制作する側だけではなく、読む側にも影響を与えるというのは本書を見れば明らかである。

 

 

特集の内容

「このブログ〔筆者註:https://text.sanographix.net/〕でも商品レビューをしょっちゅう書いており、その延長線上にある特集と思っていただければ間違いない。」*1とのことで、今号の特集は家電・キッチン用品・食品・生活用品・雑貨・サービス・思い出といった多種多様なプロダクトのレビューになっている。ここで述べられている話は著者らの個人的な体験に基づくものであって、ロジカルに突き詰めていったらこの商品を表彰するに至りました、という感じのものではない。しかしそれは裏を返せば、著者らが自分自身の体験を通じて「これはいいものだ」と褒め称えたくなったからこそ表彰しているのであり、そこには強い気持ちがあると想像する。その語り口はあくまでも堅実であり、ネットでよく嘯かれる定形の煽り文句からはほど遠く穏やかなものである。

 

特集では結構な数の商品が紹介されていて、巻末に近いコラム「表彰のススメ」ではあなたも表彰してみましょうとある。試しになにか表彰できないかなと振り返ってみてるけど、案外これが難しい。

 

表彰とは「実際に辞書を引くと『公にし、』『人々の前に明らかにし』と、第三者へ向けて発信するという点に言及した言葉が含まれています。(p. 29)」とあり、客観性を持った行為である一方、その選出の根拠は主観的なものに基づいている。この主観と客観のバランス、当たり前すぎないけどマイナーすぎない、そのうまいところを突けるかどうかは、実は個人の力量に負うところが大きいということがよくわかる。例えばiPhoneが便利で褒めたくなるのは多くの人にとって自明であって、僕がわざわざ取り上げてもそこに面白みは見い出せないだろう。かといって全自動卵割り機*2を持ちだしたところで、皆の反応は目に見えている。「あれは確かに役立つだろうよ、お前ん中ではな」――とまあ、さじ加減はとにかく重要であって、その点でいうと本号で取り上げられているプロダクトたちは、少なくとも僕個人にとっては外していない。というよりもむしろ、幾つかの商品はすでに僕も使い続けていて、著者ふたりの目利きが確かに感じられるのは良い。

 

 

試しになにか表彰してみる:SONY ICF-51

ひとつだけ思いついたのがこのラジオだった。10年以上使ったラジオをそろそろ買い換えるかとなったときに探して見つけた商品だけど、実際に使ってみると

  • 軽い
  • 小さい
  • オモテ面の曲線のデザインが良い
  • 選局しやすい、かつ同調時に点灯するLEDが便利

という利点があることがわかる。しかしここまではカタログスペックだ。

 

www.sony.jp

 

ラジオを聴くのに今どきはスマートフォンアプリのradikoだろう、と思われる向きもあるかもしれない。僕も買い換える前まではradikoで十分だと考えていた一人だ。しかし実際にラジオ再生専用機器(この言い方も妙だ)を手に取ると、再生するのにスイッチONのワンストロークしか要らない手軽さからはもう離れられず、同時にスマートフォンアプリを立ち上げる手間さえも惜しみたい自身の怠惰さを思い知った。

 

AM放送が元来持っている音質の悪さ、アプリでは失われてしまうあのザラザラ感もいい。普段聞いている雑な音声がアプリ越しにクリアに聴こえてくると、なんだか他人行儀でよそよそしい感じがしてしまう。「不便を楽しめるという余裕があれば、逆に愛着の湧くポイントであるともいえるだろう。(p. 18)」というのは本書にあった文章だけど、それはラジオにも当てはまる。せっかく個人でやる表彰なのだから、そこに込められた思い、理屈だけでは割り切れないものを是非見てみたい、と思う。

 

 

おわりに

告知サイトでは文字数37000字とあり、これだけでも結構な分量ではある*3けれど、その数字から推し量れる以上の面白さを内包していると思う。それは内容はもとより、表彰という活動のめでたさ、PDF版とWeb版の読み比べなどに現れている。かつ、自分でも何か表彰したくなるように作られていて、そしてそのときの主観と客観のバランスの難しさ。あるいは表彰でなくても、小特集にあるように作業机を揃えたり、夢日記を書いたり、昨今のゲームをオンラインマルチプレイで遊ぶのもいいだろう。このサークルはいつも "あなたが" なにかをつくることを応援してくれている。そんな、ものづくりを愛するあなたに贈られる情報誌が『konel.mag』である。■