雛形書庫

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FORTE『はじめる技術 つづける技術』を読んだ

最近聴いてるPodcastaozora.fm@FORTEgp05さんが技術書典6で新刊を出してたので、その感想。

 

 

読み始めた第1章の冒頭でまず驚いたのが、著者の方がPodcastに限らず、じつに手広い活動を手がけていて、さらにそれらが1年にも満たない間に始まり・そして続いているということ。それらには読書や勉強会などのインプットだけでなく、アプリ開発にブログ、Podcast、さらには同人誌執筆といったアウトプットも含まれていて、エンジニアにとってやれたら楽しいだろうなと思われることをほとんどカバーしている。そうした活動を我々よりも一歩早くはじめて、そして実際に楽しさを感じている著者からのエール、本書の位置付けはそんなところだろうか。

 

たとえば上で挙げたような項目、アプリ開発、ブログ、Podcast、同人誌執筆を始めようとしたとき、対応するアプリ開発環境、はてなブログを始めとする各種ブログサービス、YattecastAnchor、そしてRe:VIEWが存在する今では、そのソフトウェア的な参入障壁はかなり下がっている。そうするとあとは始める人のメンタリティの問題になってきて、本書の第3章ではそうした何かを始めるにあたってのマインドセットの話題を扱っている。「(そもそも)やりたいことがない」あるいはなにかを始めようとしたときに、「始めようにも○○がない」「他人と比較してしまう」「過去や未来に縛られてしまう」「やる気が出ない」となってしまうことは誰でも経験があるだろう(僕もある)。けれどそこで本書がくれるのは、そうした状態に対する著者の実体験に基づいた・血肉の通ったアドバイスであって、そこでみられるような著者の近さであるとか、生の声というのは、お行儀の良い商業誌ではなかなか見られない、同人誌ならではの魅力だと思う。

 

知的好奇心に突き動かされた著者のはじめていく様子、あるいは「今に集中する」姿勢を読んでいて、ニコマコス倫理学にある(という)一文を思い出した。「快楽は本来、『活動(エネルゲイア)』にほかならず、それ自身目的(テロス)なのである」。活動それ自体が快楽であり楽しみであるということ、その言わんとするところは古代ギリシャアリストテレスに尋ねるよりも、現代のITエンジニアである著者のあり方を読むほうが早く、かつ読者にとってもより近しいだろう。

 

第4章は始めたあとの「何かを続ける技術」ということで、こちらでもマインドセットの話題がメインになっている。ここで述べられていることも十分有益なものであって、それ自体価値があることは確かだけど、しかしはじめることと違って、続けることにはマインドセットだけではなく、それなりのテクニックが必要な側面もある。本書を読んだうえで、なおそうした続けるための具体的なヒントやテクニックを知りたいというのであれば、まずはエンジニアリング的な親和性からひげぽんことTaro MinowaさんのWEB+DB PRESS連載記事「継続は力なり―大器晩成エンジニアを目指して」を読んで見るのも良いかもしれない。

 

ところで僕自身もまた始めること・続けることにおいては考えるところがあって、だからこそ本書を手に取り、あるいはニコマコス倫理学の小難しい一文だとか、WEB+DB PRESSの連載記事を引いてこられるわけだけど、そうしたもにょっとしたもやっとした気持ちは、正直に言えば本書を読んだあとも未だ晴れていない(読み落としていたらごめんなさい)。僕が知りたかったこと、それは例えばこれだけマルチにこなしている著者のインプットとアウトプットのバランス感覚で、インプットをやればアウトプットできない、でもアウトプットするためにはインプットが必要、そうしたジレンマにどう向き合っていますかというもの。あるいは連載記事でも触れられている飽きとの戦い、趣味であればともかく、勉強などの多少負荷のかかることに対しては何らかの工夫をしてこなしていくことが効果的で、でもその工夫がいつしかマンネリ化しませんかということ。

ふと気付くと使っているツールに新鮮味が感じられなくなっている。以前は「タスク完了ボタン」を押すときにワクワクしていたが,今ではその大げさなアニメーションにイライラする。カレンダーからのリマインダーのプッシュ通知も無視し始める。そしてちょうど1ヵ月ほど経ったころにもとのプロダクティビティに戻ってしまう。

 

第4回 プロダクティビティの鬼:継続は力なり―大器晩成エンジニアを目指して|gihyo.jp … 技術評論社

 

内容の多くは読者に寄り添うものだけど、時として劇薬のような鋭さがある。始まらないことに対して「やらないことを選んでいるのは自分だと認識する」という一文にはハッとさせられる。一方でやる気が出ないのであれば「自分の選択として休む」ということも述べられている。やることもやらないことも自分の選択であるということ、そうした主体性、そしてそこから生まれる自己効力感が上手くやっていくためのヒントだというのは、本書を読んで改めて感じたことでもある。

 

時期的にも何か新しいことを始めるのにはちょうどよい頃だと思う。まだ始めていない人は何かを始めるきっかけを、そしてすでに始めている人にとっては続けるためのコツを、いずれにしても本書はヒントをくれることだろう。ときに鋭さを含みつつも、しかしその多くは読み手に寄り添うものとして。■