雛形書庫

An Unmoving Arch-Archive

『グリザイア ファントムトリガー Vol.5』――いろんな "姉妹" があっていい

はじめに

有坂先生の赴任に始まり、レナ、トーカ、クリスの順に活躍を描いてきた新章もこれで5話目、ムラサキにフォーカスした本巻をもって美浜の四姉妹はようやく一巡した。既巻では現在進行形での彼女らの活躍ぶりや成長が見られたのに対し、本話では過去の回想シーンがメインで物語としての大きな進展はない。かつ、既巻では銃火器の薀蓄、あるいはサバイバル術、あるいは食レポといった、わりとフィジカルなディテールに寄っていたのが(そしてそれらこそ本シリーズの魅力だと思っていたものが)、ここにきて極めて抽象的な "秘伝の技" の概念が出てきたあたりには少しの戸惑いを覚えた。しかし回想シーンで静かに続くムラサキのモノローグは、ただ彼女の声(CV種崎敦美ココ重要))を聴くだけで心地よく、そしてそれは良い体験である。そんな第五話のタイトルは『アネ、カエル (SIS IS COMING BACK)』以下ネタバレ注意です。

 

 

現在進行形な前半の様子

ノローグから始まる第三話や第四話とは異なり、第五話の冒頭ではムラサキは不在、代わりに登場するのは彼女の姉のユーキ、漢字では悠季と綴る。おそらくは空港に到着した直後であろう、颯爽と立って電話の相手に愛想良く応じる姿とは裏腹に、その後の辛辣な独白は彼女が一面的でないことを予感させる。

 

第五話はそんな不思議な姉と、同じくつかみどころのないムラサキが一緒になって活躍する話を想像していたのだけど、実際にはそうではなく物語はほとんど前に進むことはない。緊迫した情勢に対する新たな事実関係の提示、それはユーキから美浜上層部への報告という形で一応は存在するものの、それらは(少なくともこの話においては)本質的ではない。尺の多くは学園内でのユーキと美浜の子らのやりとり、それにユーキ・ムラサキ姉妹の過去のエピソードに割かれることになる。

 

ユーキのふらっとした来訪がもたらしたもの、それはマレーグマ刑事のフィギュア(シーズン1のDVDボックスの初回特典だったやつの海外限定のリパッケージ版)、風邪を引いたときの桃缶(白桃に見せかけて黄桃)、アサルトライフルのAK、そして怪獣フィギュアとゲームだらけのムラサキの部屋。ムラサキの部屋に入るのは今回が初めてであろう、自己紹介のときに「特技は…パズルとか、ゲームかな…」*1と語り、寝起きには「起きなければ私の怪獣フィギュアコレクションを爆破処分すると脅したのは誰だい…?」*2とクリスに問いかける彼女、そんなムラサキの部屋を見れば、彼女が怪獣と古いゲームを本当に好きだということがよくわかる。その様子には思わずこちらも嬉しくなる。

 

一方のユーキはAKのことになると熱く語り出し、そしてレナとマキへのアサルトライフルの指導は自らの来し方を明かすきっかけにもなる。彼女が過去を語ることは、同時にそこに居たハルトの過去を語ることでもある。

 

ユーキが活躍するにつれてムラサキは塞ぎ込むようになり、しかし有坂先生はいつの間にか頼もしく、ハルトの静止も聞かずにムラサキを心配して屋上まで向かう。前話では足の引っ張り役みたいな感じでだめな先生だったから、ここでの行動は勇み足ながらも良かった。「ボーっとしてるようで色んな感情がちゃんとあるし、表面には出ないけれど色々なことを我慢してしまうタイプなので、ある程度こちらで汲み取ってやる必要はありますね」*3「〔他人に甘えるのが〕下手…というか、甘えたら怒られると思っているんでしょうね」*4とはハルトの談だけど、これを聞いていたのが当時赴任して間もない有坂先生だった。先生なりに彼の言葉を解釈しての今回の行動だと思うと、その成長には思わず胸が熱くなる。そしてムラサキは健気な子かわいい。

 

さておき、ムラサキもまた自らの過去を先生に語ってみせるという体裁で、物語は後半の回想シーンへと進んでいく。ここで見られた姉妹の同時並行的な振る舞いは物語進行として巧みである。

 

 

過去回想的な後半の様子

普段カタカナで表記される機会が多いために忘れがちだが、公式表記では漢字で邑沙季と綴る。「自分と真逆の性格を演じてる方が、いつも緊張してる分、失敗も少なくてやりやすいし、やってて楽しいかな?」とは第一話でのムラサキの発言だったが、するとこうしてダウナーな感じで喋ってる彼女もまた演技なのだろうか…? 本当の彼女はもっと明るいのでは…? と思っていた。しかし彼女のぼそっとした感じは演技ではなく、回想に出てくる幼い(ムラ)サキは、小さい頃からこんな感じの静かな女の子であった。それは快活な姉との比較で引け目を感じてしまう部分ではあったのかもしれないけれど、しかし彼女の慮った・慎ましい姿勢というのもまた美徳であろう。

 

狗駒家を巡る今回の騒動については、"秘伝の技" の概念は凡人には理解できないけれど、しかしハンドガンの重量をグラム単位で、弾頭重量をグレーン単位で議論し、施条のツイストレート (twist rate) の違いにまで言及しているガンスミスがいる傍ら、ムラサキはふしぎなちからで暴走し、それをハルトは幻刀無刀取りして彼女をやっつけたのには、あまりの世界観の変化に少しだけ戸惑った。ともあれ、かくして第一話の自己紹介にあったロシアン忍者の伏線は回収されている。あと忍者の里だけど携帯が通じたり四輪車が普通に走ったりしていたのは、ここがネオ埼玉だから…?

 

ハルトのおちゃらけた感じは物語を深刻にさせすぎない良い面を持つ一方で、悪役をどうしても軽く見せてしまい、彼らは所詮噛ませ犬でしかないのだという印象を強くする。前話のテロリストも今回の剣豪も、頭が悪そうなのはまあ良いとして、それを意図して見せられ過ぎている感がある。今回出てきた4人の敵のへんてこな様子を見て、ハルト達が彼らと本気で戦うとか言い出したらどうしようと思ったが、そんな場面は無かったので安心した。深刻になりすぎないとはいえ描かれているのは悲しい場面であり、かつて「人生なんてクソゲーだよ、楽しめる奴が勝者なのさ…」*5と語っていたムラサキ、その諦観の根源はおそらくここにあったのだろうと想像する。ここにきて振り返ってみると、美浜の四姉妹はみな何らかの形で自分の両親を失っている。

 

 

耳に良い台詞

物語後半は過去回想シーンということもあってムラサキの語るモノローグが続き、彼女の声を聴く体験はそれだけで心地よい。

「まだダメなのかい…? ニンジャ、頑張ってるよ? ニンジャ凄く頑張ってる…」

という台詞をひとつだけ、通しで遊んでいたときに唯一お気に入りボイスに登録した。たぶん彼女の感情が一番よく伝わってくる台詞だと思う。この体験は文面それ自体が持つ意味ではなく、本編中の発話からぜひ感じて欲しいものである。どんな場面かは本編を参照のこと。

 

 

まとめ

突然現れてそして去っていったユーキ、それは美浜の面々にムラサキとハルトの過去を知らしめるものであり、しかし肝心の彼女とムラサキとの関係、姉妹のわだかまりは結局解決しないまま終わる。姉は姉なりに、妹は妹なりにお互いを気遣っているのだけれど、しかし両者の思いが交わることはない。それは少し寂しいことだけど、でもそういう形があってもいいんじゃないか、とも思う。

 

この世界には様々な種類の姉妹的な関係性が存在する。何かにつけて一緒に食べに行くレナとマキ、ツーマンセルで訓練を共にするトーカとグミ、あるいは母親のようなクリスとそれに従うタイガがいるのなら、一緒に行動しないことを敢えて選択した姉妹があっても良い。そうした緩やかな意地の張り合いの裏に、相手への大事な思いがあるのなら。

 

ムラサキの命名、そしてハルトとは幼い頃から親交があるという記述*6から察するに、この話のプロットは新章の開始当初からおそらくあったものだろう。ある意味で予定調和ともいえた美浜の四姉妹の活躍はここまでで一巡し、次回予告での第六話は『タイトル未定 (Title Undecided)』といよいよ未知の領域へと突入する。かつてSteamのコミュニティスレッドで見たように、この新章は少なくとも第六話までは続き、かつ第六話ではハルトにまつわるエピソードが展開されるものと予想している。ユーキ・ムラサキとともに描かれたハルトの過去に加え、彼を知るための手がかりは本話でも着実に示されつつあり、それらは前述の予想をより確かなものにしてくれる(ように感じられる)。そんな続刊でも、願わくばムラサキがこれまで通りの眠そうな目と・ダウナーな声で、精いっぱい活躍してくれることを期待したい。■

 

*1:グリザイア ファントムトリガー Vol.1

*2:同上、Vol.3

*3:同上、Vol.1

*4:同上、Vol.1 〔〕は筆者註記

*5:同上、Vol.3

*6:グリザイア:ファントムトリガーアートブック Vol.1, p. 26