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ご注文はGTDですか?――『「やること地獄」を終わらせるタスク管理「超」入門』

はじめに

たとえばGetting Things Done (GTD) という名のタスク管理手法、聞いたことはあるけれども中身は良く知らない、そういったものを詳しく知りたいと思って、あなたは本書にたどり着いたのかもしれない。その目論見は外れることなく、本書ではGTDをはじめとする様々なタスク管理手法の概念が紹介されている。それにとどまらず『「超」入門』と掲げられたタイトルの通り、タスク管理手法以前の話題、タスク管理で出てくる基礎用語やツールに関して、やはりそれらの概念が説明されている。だがそれらよりも大切なのは、タスク管理は万能薬ではないという事実であって、これを人間の不完全性・不合理性の観点から示しているのが本書のポイントである。「『自分のトリセツ』で人生の舵を取り戻そう!」とは本書オビにある言葉だけど、取り戻せるのはたかだか舵だけであること。そして、舵を操って向かう先はタスク管理手法によってではなく、あなた自身で決めなくてはいけないということ。

 

 

本書には軸となる要素が2つある。「言葉(概念)を道具として使えるようになること (p. 228)」、そして「人間の不合理性 (p. 228)」である。

 

 

ひとつめの軸:言葉(概念)を道具として使えるようになること

第3章から第6章では、タスク管理にまつわる用語、ツール、ノウハウといったものたちの概念が紹介されている。本書を読めばわかる通り――いや本書を読まずとも、世に出ているタスク管理を謳った本のあまりの多さに察せられるように――タスクに相対するやり方は本当に人それぞれであって、その多様性には驚かされる。そしてそれゆえに使われる用語の定義もまた人それぞれ、本によってばらばらで、ともすればそれは混乱を招き・相互理解を難しいものにしている。こうした状況下で、本書は「『正式な用語』を決めようというのではありません (p. 36)」とことわりつつも、タスク管理で出てくる概念を統一的かつ網羅的に説明している。

 

「用語を知る」とは、このシニフィエシニフィアンの一対一の対応を暗記することではありません。そうではなく、シニフィエ(概念)の多様性を摑まえることです。どのような概念が存在し、それがどんな特徴を持って、他の概念とどう違っているのか。それが理解できれば、用語を使っていけるようになります。(p . 37)

 

重要なのは単語そのものを覚えることではなく、その意味するものの違いを理解すること。タスク管理の概念をモレなくダブりなくカバーしているこの用語集は、これまで自分がやってきたことの抽象化、あるいは自分がすでに抽象化したものの再確認を手助けしてくれる。個人的な読書体験としては以下のようなものがあった:

  • 忘れ物をしないよう普段から活用しているのは「チェックリスト」であることは知っていた。ただし "標準化" という概念がここに添えられるべきものであることを知った。
  • エバーノートのテンプレート機能を使って、日々用意しているものは「デイリータスクリスト」であり、「Will-doリスト」ではないことを知った。
  • いまいち集中力が発揮できないときに、今やっていることを紙に書き出しながらタスクを進めるやり方は、「Nowリスト」に相当していることを知った。
  • ありたい姿としてこれまで想像していたもの、1日のタスクを前日のうちにあらかじめ用意しておき、当日飛び込んできたタスクはとりあえず "寝かせ" てすぐに手を付けないというやり方は、「マニャーナの法則」としてすでに体系化されていることを知った。

 

それぞれの用語が持つ概念を知ることは、他者との対話を可能にし、また他者のタスク管理の方法を理解することにもつながる。第6章では具体的な名称を持ったタスク管理手法が複数紹介されていて、僕にとっては「これはありえないだろう」と思われるやり方であっても、他者にとってはすごく良く機能していることを知る。そこで求められているのは文化相対主義的な態度であって、どのやり方が正しいとか優れているとかいうものではないし、さらに言えば、これらのタスク管理手法は人の数だけ適切にアレンジされて然るべきものでもある。

 

また、重ねてになりますが、これらは雛形なので、示されている通りにやれば「正解」で、そうしなければ「不正解」というものではありません。自分の置かれた環境に合わせてバンバン改造していきましょう。そのためのノウハウ(用語)はこれまでたっぷり紹介してきたつもりです。(p. 135)

 

 

ふたつめの軸:人間の不合理性

人間を合理的かつ完全な存在だと前提するのではなく、不完全・不合理な存在として捉えることを本書では徹底しました (p. 228)」とある通り、本書では従来のタスク管理ノウハウ本にありがちな万能な人間は登場しない。人間は不完全なのだから失敗することが当たり前として、第8章では典型的な失敗と、そこからの復帰方法について言及されている。失敗を構成する7つの理由、さらにその組み合わせで生じるアンチパターンとして、以下のものが紹介されている:

 

名前でなんとなく意味がわかるものもあれば、そうでないキャッチーなものもあり、それぞれの詳しい内容と対処法は本書に譲るとして、日々のタスク管理でこうした兆候が見え始めたら危険信号といえよう。

 

そして人間の不完全性・不合理性に対して有効なアプローチとして、第7章では「デルタ状の実践」と称した手法が述べられている。中身だけ見ればよくあるPDCAサイクルと変わらないけど、これを数学で登場する微小量Δ(デルタ)に紐付けて説明しているのは面白い。そこには、文字を模した三角形のサイクルを回して、微小量の変化を捉えながら少しずつ良い方向に向かっていく、というニュアンスが含まれている。

 

自分について実験している感覚で、小さな改良と共にじわじわ進んでいく。小さな理解の増加で、じわじわ進んでいく。亀のような歩み (turtle walking) ですが、これを繰り返していけば、やがては「これは、かなり自分にあっている」という方法にたどり着けます。 (p. 171)

 

上の引用でいう「これは、かなり自分にあっている」という方法が、まさに本書のオビにある「自分のトリセツ」である。何が自分にあっているかは他人が教えてくれるものではなく、それを自分で実際に試してみるよりほかに知る方法はない。そしてこの実験は、少なくとも僕個人の経験においては、かなり楽しいものである。

 

そんな、タスク管理をあらゆる側面から詳しく解説してくれる本書だけど、最終章ではその限界についても述べられている。巷のタスク管理ノウハウ本は「この方法でなんでも解決できます」と嘯くケースもままあるけれど、それは(※ただし完全な人間に限る)という但し書きを伴ったものである。本書はそうしたノウハウ本でないがゆえに著者の誠実さを許容していて、それはこうした章の存在、そしてまえがきでの「ですが、すみません。最初に断っておくと、タスク管理は万能薬ではありません (p. 8)」という文章に現れる。

 

本書オビには「人生の舵を取り戻そう」という言葉があるが、この "舵" という例えはとても良いなと感じる。その具体的な内容は本書を参照してもらうとして、人間のできることには限界があり、同時に外乱は完全には排除できないのだという一種の諦観、しかしそれを受け入れて楽しみ、外乱がもたらしてくれる変化を活かせる、願わくばそういうしなやかさ、強さを獲得できればと思う。

 

 

おわりに

最終章では上で述べた人間の不完全性に起因する限界に加えて、タスク管理が抱える構造的問題についても触れられている。「タスク管理不完全性定理」と名付けられたこの概念は、「タスク管理では何かが『やるべきこと』を決定しますが、その何かが正しいかどうかを『タスク管理』の中では判断できないのです (p. 214)」。良く言われる「何をやるか (what to do)」と「どうやるか (how to do)」の問題であって、タスク管理は後者を解決する(可能性のある)ものであって前者を解決するものではない。そして往々にして、後者よりも前者の方がより大事なのである。しかしそれらの弁別、および「どうやるか」の限界を提供してくれる本書は、逆説的に「何をやるか」すなわち最も考えなければならないことを明確にしてくれる。ノウハウで片付かない思考する余地が存在していること、それは難しさでもあるけれど、ある意味では僥倖ともいえよう。■

 

「自分のやること」を決めるためには、「何が自分のやることなのか」を決めなければなりません。それはつまり、「自分の役割」を定めると言うことです。そしてそれは、必然的に「自分とは何か」を決定づける要素にもなります。言い換えれば、「自分」を自分が定義づけるのです。(p. 214)

 

「やること地獄」を終わらせるタスク管理「超」入門 (星海社新書)