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『戦闘機になれるパーカー』――戦闘機デザインの再定義

 

かつて旧陸軍の戦闘機「飛燕」を設計したことで知られる航空機設計者・土井武夫は、「設計はアート・オブ・コンプロマイズ (Art of Compromise)」と語ったとされている*1*2

 

航空機にとって何が重要か、一番わかりやすいのはその見た目のかたちであって、空気力学的に優れているべきなのは言うまでもないけど、しかしそれだけでは形状は決まらない。航空機は空力だけでなく、構造・装備・電装といった様々な要素を考慮する必要があり、しかもそれらは往々にして "あちらが立てばこちらが立たず"、いわゆるトレードオフの関係にある。個々の要求をすべて満足するためには、必ずどこかで歩み寄りや妥協が出てくる。それを上手くやってのけるのが航空機の設計だよ、というのが冒頭の引用のニュアンスで、コンプロマイズとは妥協の意味だけど、少し乱暴な言い方をすれば、航空機とはそうした妥協の産物、尖っていない似たり寄ったりのものばかりだと、そう思われる向きもあるかもしれない。

 

しかし本書を読めば、日本を含む世界各国の戦闘機がみな似たり寄ったりではなく、いかに様々で豊かな表情を持っているかがよくわかる。本書の内容はそのタイトルが示す通りだけど、戦闘機そのものや擬人化ではなく、服飾というファッションの形で取り扱った例はあまり見られないように思う。見開き2ページでひとつの機体を紹介していて、左ページにはパーカーを着たかわいい女の子、右ページにはパーカーのカラーバリエーションと解説文、そして元となった戦闘機の平面図が載っている。この平面図を見れば、翼・胴体・尾翼・エンジンといったコンポーネントは同じであっても、その形状あるいは配置が実に様々であることがわかる。そうした形状や配置は、多くの空気力学的な要請と、少しの妥協とが組み合わさって出来たものであって、しかも戦闘機という特性上、そこに装飾を施す余地はほとんど無い。にもかかわらず、洗練された形状それ自体が美しいのは事実であって、これこそが機能美であるということを再認識させてくれる。

 

実際の機体において、機体の形状は空気力学的な要請だけではなく、構造・装備・電装その他諸々の制約も加味して決まるというのは前述のとおり。ではこうした制約の無いパーカーでは、純粋に機体形状を模すようにかたちを自由にデザインできるだろうか。答えはNoで、そこでは「そもそも人が着られるか」「着て美しく、もしくはかわいくできるか」そして「機構的に服飾として成立するか」といった新たな境界条件が発生する。

 

SR-71のような長細い機体を、人の体格に合わせるにはどうすればいいか。Su-27のような大型の機体が持っている翼幅の長さを、あるいはF-14のような可変機構を持った翼を、服飾としてどうやって表現するか。その詳細は本書に譲るけど、こういった難しいところもパーカーのデザインに巧みに落とし込まれている。そして着て美しいということ、個人的にはF-117とJ-35が特に秀逸だと感じていて、F-117の幾何学的形状と2本の垂直尾翼が表現される様子、またJ-35のエアインテークの再現性は最高にクールで良い。

 

そして強調しておきたいのは、こうしたパーカーのいくつかは「機構的に服飾として成立」するものとして、すでに製品化されているということ。コンセプトにとどまることなく実体にするのは、技術的な面においても、また技術以外の部分においても、多くの困難があるものと認識している。しかしそうしたものを乗り越えて実際に出来上がっているというのは、ものづくりあるいはプロダクトデザインとして素晴らしい一例であると思う。

 

戦闘機設計の "設計" は英語でいうとデザインだが、戦闘機の意匠を衣装に落とし込み、パーカーを作ることもまたデザインである。その意味で、本書は戦闘機デザインにおける "アート・オブ・コンプロマイズ" を違ったかたちで見せてくれるものといえるだろう。■

 

*1:航空機設計者 土井武夫 生誕110周年記念企画展 努力の人生 図録

*2:設計はアート・オブ・コンプロマイズ 土井武夫氏に聞く