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ゆうびんや『ゼロから始めるポッドキャスト: 言いたいことを言う生活』を読んだ

はじめに

これはあくまでも個人的な意見であることをことわりつつ、ポッドキャストの本質は "会話" にあると考えている。複数人のパーソナリティで、お互いのやりとりから生まれる学びや創発、そうしたものを楽しむメディア。かりに僕一人だけで喋ったとしても、それは単なる情報の提供、センテンスの一方的な出力に過ぎず、それはこのブログでずっとやってきたことだし、そして今後もやっていけることでもある。そうした思いもあって、長らくポッドキャストを聴き続けてきても、それをひとりパーソナリティとして自分で配信しよう、という気運には至らず、ひたすらに聴き専としての矜持を保ち続けている。かつてのVOCALOIDの聴き専に徹するラジオがそうであったように。

 

それでも世の中にはひとりパーソナリティで精力的に配信を続けている方々もいて、本書の著者であるゆうびんや📬日記の人 (@do_mailman) さんもそのひとりである。そうした方々が一人配信を続けている動機はなんだろう? という興味、またゆうびんやの〇〇の時間の最新エピソードで紹介された通り、本書が期間限定で無料キャンペーン中だったことから(無料キャンペーンの経緯についてはぜひエピソードを聴いて欲しい)、その心意気に駆られて本書を手に取った。

 

anchor.fm

 

読んでみて得られた解として、もちろんこれはひとつの仮説に過ぎないのだけれども、ポッドキャストのひとりパーソナリティの方々は一人で喋ることのメリット、そして一人でポッドキャストを配信することのメリットを十分に享受し、活かすことができているからこそ、配信を継続できているのではないか、と思い至った。

本書ではそれらのメリットが簡潔にまとめられていて、これからポッドキャスト配信を始めたい人はもちろん、仮に配信を始めないとしても(いまの時点での僕がそうだ)それらの恩恵を確認するという意味で、本書は読む価値があると感じる。

 

 

一人で喋ることから得られるメリット

本書の第1章ではポッドキャストのメリットとデメリットについて述べられていて、しかし挙げられているメリットのいくつかについては、収録をポッドキャストとして配信しなくても、喋ることそれ自体から得られるものであると感じている。それは僕自身がこうして文章を作るときに、一人での喋りを活用している(けれどもそれを配信することはない)ことに由来している。

 

例えばこのブログのような気楽な文章――ここでいう気楽さとは、特に誰かからお願いされるわけでもなく、好き勝手に出力している、という意味――を作るにあたっては、以前はアウトライナーで試行錯誤しながら要素を並べ・文とパラグラフを組み立てていた。けれど最近はアウトライナーを操る十分な時間が取れないこともあり、この作業を一人喋りで代用している。

口述筆記ではなくそれ以前の段階、文の元となる要素同士、あるいはパラグラフの元となる文同士を、喋ることによって並べ替えてみる。これを実際にやってみると(実際にやってみてほしい)、アウトライナーに打ち込んで組み立てるよりも、喋りのほうが圧倒的にアウトプットが速いことに気付いた。喋ることによって自分の頭の整理が捗り、かつアイディアも出しやすくなる、これら2つの恩恵はまさにポッドキャストのメリットとして本書で挙げられている。

 

その一方で、アウトライナーを喋りで置き換えたところで、当然ながらそれは試行錯誤を伴うものであって、その収録内容は自分では理解できても、他人が聴いて理解できる代物にはなっていない。なのでここで喋った内容は表には出てくることはなく、そのままお蔵入りする運命にある。しかし一人で喋ることによって要素を並べ・論理を通そうと試みるうちに、次第に道ができてきて、スムーズに出力できるようになっていく。あるいはワインバーグのように壁作りに例えるならば*1、一人で喋ることによって自然石同士の接面が徐々に均され、組んだ壁の安定感が増すことで、次第に高く積めるようになっていく。

そうして頭の中で組み上がったものをテキストで打ち込むことで、最終的にここにあるような文章、他人に意味が通じて欲しいと望むものが出来上がってくる――これまでのアウトライナーでやるよりも時間をかけずに。こうした個人的な体験を踏まえると、挙げられているメリットのいくつかはポッドキャストに限らず、一人で喋ることそれ自体にあると感じている。

 

 

一人で喋ることを、他人に伝えることから得られるメリット

すると、一人で喋ること以上のメリット、すなわちひとりパーソナリティでポッドキャストを配信するメリットとはなんだろうか? そのヒントが本書の第2章、「Podcast*2に何を配信する?」にあるのだと考えている。

 

自分が好きだったり興味のあることについて、他者と共有したいと思う気持ちは誰でも浮かんでくるものだと思う。ポッドキャストとして配信することはその気持ちを満たしてくれるし、かつその過程には創作活動的な要素もあるから、そうした自己表現の方面の欲求を満足することにもつながる。

第2章で挙げられている読書や映画といった項目に限らず、この章を通して自分自身を振り返ってみることで、自分が何が好きか・何を話せるのかを振り返ってみるのはよいワークになると思う。そのうえで、そうした他者との共有や創作活動への欲求がやっぱり出てこないな、ということであれば、無理にそれを発信する必要はもちろんないだろう。僕自身は一次創作にはあまり興味がなく、しかし二次的にこうして感想を書くこともやはり創作の一種だと思っていて、自分もまた作ることにとらわれている側なのだと感じる。

 

発信の媒体が自分に合うかどうかも考慮すべきかもしれない。僕にとってブログが続けられているのは、文章を書くことがたまたま自分の性に合っていたというだけに過ぎないのかも、と考えることがある。ポッドキャストをはじめとする音声媒体も同様であって、喋ることが自分にとって合う合わないは出てくるだろうけど、それでも「試してみることに失敗はない*3」。本書はそこで「試してみる」ことを手助けしてくれるだろう。

 

 

その他の話題

第3章は技術的な話として、ポッドキャスト配信アプリ・Anchorの使い方に関する説明がある。僕はAnchorを使ったことがないのでその使い勝手はわからないけれども、本書では音声収録から配信までのやり方がアプリ画面も交えて丁寧に解説されている。

流行のアプリ事情、とくに現在進行形で開発が続いているものでは、デベロッパーによるアップデートですぐに情報が時代遅れになってしまうことがままあるけれど、しかし電子書籍ならではの良いところとして、本の内容を随時アップデートできる点があると考えている*4。こうしたアプリの使い方のたぐいは、アプリ本体のアップデートを追いかける形で説明も更新されていくと、本のあり方として面白いし、読み手にとってもありがたい。

 

また途中のコラムには「おすすめポッドキャスト」というのがあって、ここではいくつかのポッドキャストが著者のコメント付きで紹介されている。知っている番組もあれば知らないものもあり、その中でもぱうぜさんのぱうぜトークはこれまで知らなかったので、新規開拓ができたのは良かった。

例えば本書から感じられたような著者との距離感、興味の領域が重なってはいるけれども重なりきらない、というところから得られるものは大きいと感じていて、それをお互いに知るうえで自分が普段どんなポッドキャストを聴いているのかをどんどん発信していくと、みんなわりと幸せになれると思う。

 

 

おわりに;少しばかりの返礼とお礼

かくいう僕からもポッドキャスト番組をひとつ置いていくと*5、今回教えてもらったぱうぜトークからのドイツつながりということで、ドイツ発のポッドキャストomega tauを紹介したい。もしあなたがドイツ語と英語に堪能であり、かつサイエンスとテクノロジーに興味があるならば、この番組はきっと刺さってくれるだろう: 

omegataupodcast.net

 

ちなみにタイミング良く書籍化もされるもよう。内容紹介を読んでるだけですごくワクワクしてきませんか?(してくるよね??) 

 

So how do you control a 17-ton telescope mounted on a 747, and why would you want to do that in the first place? How do multibeam sonars map the sea floor? How can modern gliders fly 100s of kilometers, and why do they take water ballast to do it? How can the SR-71 fly at Mach 3 at 80,000 feet? How do computers reliably control an A320 and why is it so hard to fly a helicopter? How do you build mirrors with surface roughness on the order of micrometers?

(中略)

If you've asked yourself any of these questions, this book is for you.

Once You Start Asking: Insights, stories and experiences from ten years of reporting on science and engineering (English Edition) 内容紹介より引用)

 

取り上げられるテーマは文字通りサイエンスからエンジニアリングまでをカバーし、ときには言語学*6にも踏み込みつつ知的好奇心を刺激してやまない。すでに10年以上続く番組だけど、今でも覚えているのはエピソード277「イギリス艦船に乗ってみた(意訳)」*7で、収録時間8時間という空前の長さの放送回だった。当然ながら通しではおろか、細切れに聴くこともあまり捗らず、今でも再生途中のままOvercastに居残り続けている。

 

こういったガチの方々が提供する理系の番組、かつて日本ではほとんどなかったように記憶しているけれども、昨今のポッドキャスト界隈の盛り上がりに合わせて徐々に増えてきたと感じる。この盛り上がりの背景には、本書でも紹介されているAnchorをはじめとした、簡単に配信できるスマートフォン用ボイスメディアアプリの存在があるだろう。そうしたアプリの存在もさることながら、一方でポッドキャストの文化を世に広め・配信への第一歩を踏み出すための入門書として、本書もまたその盛り上がりを支えてきたのだと思う。本書がなしたであろう貢献にたいして、ひとりのポッドキャスト聴き専としてささやかながらお礼が伝えられれば嬉しい。■

 

 

 

*1:ワインバーグの文章読本

*2:本書での用語はカタカナでの「ポッドキャスト」に統一されているけれど、ここだけ表記ゆれ?

*3:仕事は楽しいかね? (きこ書房)

*4:実際にセルフパブリッシングをやったことがないので、本当のところはわからないまま書いている

*5:"Take a Book. Leave a Book."; little free library(小さな図書館 - Wikipedia

*6:276 – Linguistics, Conlangers and Game Of Thrones’ Dothraki | omega tau science & engineering podcast

*7:277 – Life and Work on HMS Enterprise | omega tau science & engineering podcast