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自分と世界の縁を結ぶもの――『仕事と自分を変える「リスト」の魔法』

はじめに

本書を一言で表すならば何だろう?

リストとはたしかに仕事を助けてくれるものだけど、本書の内容は単なる仕事術に収まるものではなく、かといって巷にあふれる自己啓発書のようなガツガツした印象も受けない。本のタイトルには "魔法" とあり、もしかしたら魔導書のたぐいなのかなとも思うけれど、そうでもない。

素直にあとがきにある著者の言葉を借りれば、「誰でも使うことができる『リスト』という道具を橋渡しにして、より深く自分を知り、より細かく世界を捉えるための方法 (p.284)」を論じたものになっている。このことは表紙カバーの袖部分、表紙を開くとまず目に入ってくるところに、本書らしくリストで箇条書きにされている:

・「自分」の能力を拡張する

・「世界」を深く理解する

・「できなかったこと」を可能にする

 

そして具体的な中身については、著者である堀 正岳 (@mehori) さんがツイートしているので、ここでは繰り返すことはしない:

 

本書が光を当てているリストとはあのリストのこと、きわめて普遍的かつシンプルなツールであって、誰でも知っているし、そして一度は使ったことがあるであろうもの。
それゆえにリストについて知見を深めて、そしてうまくやる方法を学ぶことは、おそらく誰にとっても有益なはずである。

 

 

閉じているリスト

本書を読む前の個人的な話として、リストというのはどちらかというと ”守り” のツール、プロジェクト的というか、できることをいかに失敗せずにこなしていくかを助けてくれるもの、という感覚があった。”守り” のツール、それは例えばやるべきことを忘れないための「チェックリスト」であるとか、あるいは日々のタスクを効率良くこなしていくための「やることリスト」のようなものである。

 

本書の言葉を借りれば「すでにわかっていることを書く (p.44)」リスト、本書で述べられている「スマートなタスクの書き方 (p.78)」や「カウントダウン型のチェックリスト (p.172)」に見られるように、今現在こなせる物事を実現可能な単位に分解し、それらを期限までに粛々とこなしていくことで、物事の成功率や再現性を上げる手助けをしてくれる、リストとはそういうツールだという認識でいた。上で挙げたふたつの例にも見られるように、こうした恩恵を持つリスト、本書では「ハッキリスト」と称されるものの作り方について、本書は詳しく教えてくれている。

 

やることを明確化し・定形でミスせずに締切を守ってこなしていく、それはそれで価値のあることではある――のだけれども、ただ言ってしまえばこれはあまり面白みのない・閉じた話であって、そうしたリストに相対する自分自身にとっては、領域が広がるだとか、創造性が発揮されるといった余地には乏しい。リストは確かに役立つんだけど、そのくらいが関の山かなあ……という感覚をもっていた。

 

 

開いているリスト

けれど本書を読み進めているうちに、リストにはオープンなもの、自分の思考を膨らませる手助けをしてくれる側面もあることに気付かされた。

 

さきに述べた ”守り” に呼応するならば "攻め" のツールとなるけれども、本書の言葉を借りれば「まだ意識していないことを引き出す (p.44)」あるいは「無意識の中に隠れている思考を引き出す (p.129)」というもので、第4章で紹介されている「ブレインダンプ」がそれにあたる。

ブレインダンプは第1章の冒頭でも登場していて、実際にやってみるとわかる通り(本書では紙とペンで実際にリストを作りながら読むことが推奨されている)、普段は出てこない無意識下の項目も次々と出すことができる。そしてあらゆる項目を書き出したあとで得られるスッキリとした気持ちは、こうした種類のリスト、本書では「スッキリスト」と称されるものからの、重要な恩恵であることが指摘されている。

 

改めて考えてみると、文章なり言葉を書き出しながら思考を膨らませる・考えを前に進めていく、というのは自分でも普段からやっていることではあった。ただしその過程について意識的に考えを巡らせる機会はあまりなく、それはひとえに自分の持つ思考への分解能、どうやって考えを前に進めているか、というプロセスに対する感度が足りていなかったからでもある。本書から垣間見える著者の解像度、洞察の深さはそのことを教えてくれた。

 

  

思考力の4つのキーワード

ここで解像度という言葉を使ったけど、本書第5章では思考力のキーワードとして、構造化情報処理立体化解像度の4つが挙げられている。そして本書からは、これらのキーワードをじかに感じることができるのが良い。

 

解像度に関しては上で述べた通りだし、構造化に関して言えば、本書はなんとなく読書メモが取りやすいなと感じていて、それは構造化がきちんとなされていることの裏返しでもある。立体化については、リストを軸に横通しされた、古今東西のあらゆる文学作品のリストが登場していて、常に知的好奇心を刺激してくれる。よくある仕事術や自己啓発の本ではなかなか見られない、文学の世界への広がりを持っていることは、この著者ならではの書き味といえる。

リストに関するこれだけの本の内容と、またこれだけの文学作品からの引用を揃えるのに、一体どれだけの自然石を集めたのだろう……と想像すると気が遠くなるけれど、一方で第5章の冒頭で出てくる、「もって生まれた才能の違いはあったとしても、工夫次第で思考する力を伸ばすことはできます (p.178)」という一文には、素直に勇気づけられる。

 

 

自分のためだけのリスト

そして第6章と第7章では、自分自身の内面を掘り下げることで、自分の夢や目標を見つける手助けをしてくれるリストが並んでいる。「夢の本質とは、自分を楽しませること*1」であって、そのためには他人の影響を受けた、あるいは世にあるお仕着せの代物ではない、自分自身に根ざした夢を見つけることが大切になる。そうした夢を見つけるにあたっては、まずは自分をよく知り・言語化することが効果的だけど、そこで役立つのが本書で紹介されている「トップ10のリスト」、「バケツリスト」、そして「パーソナル・クレドのリスト」である。

こうしたリストを作る過程で、もしくは試行錯誤しながらも作り上げたリストを通じて、自分自身の嗜好と指向が言語化されてくるのだろう。こういった、どこまでもいっても個人的なリストたちが持っている情緒はすごく好きなので、ふたつの章を丸々割いて詳しく説明されているのはそれだけで素晴らしいと感じる。

 

なおこれは余談だけど、本書第6章にあった「名刺代わりの小説10選」リストを見て、
今から10年ほど前に、同様なゲームのリストを作っていたことを思い出した。当時聴いていたPodcast*2(残念ながら現在は閉鎖されている)に触発されたもので、本筋から外れるのでここで紹介することはしないけれども、リストにして残しておいたおかげで、当時から10年経った今でも振り返ることができた。

「好きなゲーム10本」のリスト、そこには当時の自分にとって印象に残っていたであろうゲームが書き連ねられていて、しかし10年経った今になって改めて振り返ると、そのなかでも特に自分の思考・行動様式に影響を与えたゲームと、実はあまりそうではなかったゲームというのがあることに気づく。その意味では、10年を経た今あらためてリストを再構築し、本書でも少しだけ触れられている「名刺代わりのゲーム10選」を作るのも良いかもしれない。こうしたリストは都度アップデートをかけつつ、より良い生活、そして人生に向けて、軌道修正をしていけると良いなと思う。

 

 

おわりに:リストの魔法を成功させよう

実はブログ記事に先立つ形で、この記事の各見出しに対応する箇条書きをツイッターで先行入力していた:

上の4つの項目は良いとして、ここで5番目の項目について補足しておきたい。

 

魔法はいつも成功するとは限らず、ときには失敗することもある。その成功率を上げるためにはいくつかの工夫が必要になるけれど、僕の手元にある幻想郷の本によれば、それらは以下の6つの要素として並べることができる:

魔法の実行は六つの要素から成り立っている。それは、術者の『技量』、魂の性質である『気質』、道具や材料といった『物質』、行う場所である『空間』、実行したときの『時間』、そして最後に『』である。このうち最後の運が占めるウエイトは最も重く、運さえ有れば他の要素はある程度カバーできるし、逆にこれが無ければどんな簡単な魔法でも失敗するのだ。
――ZUN『東方香霖堂 ~ Curiosities of Lotus Asia.』(アスキー・メディアワークス)(強調は筆者)

 

本書の内容を改めて振り返ってみると、上で挙げられている要素のすべてを、本書がきちんとカバーしていることがわかる。『技量』については第2章で基本的な説明があり、『気質』は第6章、第7章を通じて、自分の内面と向き合うことで培われていく。『物質』は第2章で紹介されている手帳やノート、デジタルツールが対応し、『空間』と『時間』は、第3章で述べられているように、コンテキスト(文脈)を意識したリストを作ることで適うだろう。

 

では残る最後の項目、最も重要な『』に対応する要素とはなにか? すでにお気づきの通り、『』に対応するこのうえなく縁起の良いものとは本書そのもの、かつ魔法を使えるようにと本書を手に取った、あなたと本書との縁であろう。魔法に必要な要素はすでに全て揃っている、あとは「自分自身が魔法を使えることを信じて (p.285)」、魔法を実行するだけだ。


あなたの人生に、リストの力がともにありますように。

 

仕事と自分を変える 「リスト」の魔法

仕事と自分を変える 「リスト」の魔法

  • 作者:堀 正岳
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2020/01/24
  • メディア: 単行本