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『今日からはじめる技術Podcast完全入門』――現在進行形で語られるPodcastへのいざない

Podcast好きなので読んだ。BOOTHでPDF版が買える。

2020/09/12追記:Kindle Unlimitedでも読めるようになっている様子。

 

yatteiki.booth.pm

 

 

技術系Podcastの歴史

本書の紹介に入る前にまず、技術系Podcastの歴史について簡単に振り返ってみたい。

 

その名前からも想像されるように、Podcastとはかつてアップルが発表したポータブルマルチメディアプレーヤーiPodに由来する音声メディア。Podcastが誕生したのは2000年代前半、Web2.0とかが叫ばれていたころに重なる*1。当時の僕はPodcastの存在を知らなかったから、その頃の肌感覚は持ち合わせていないのだけど、往時のPodcastの様子がわかる歴史書としてオライリーの『Podcasting Hacks ―構成、録音、発信の必須テクニック』という本がある。発行は2005年でもう10年以上も前のこと、その中には「テクノロPodcastの作成」というセクションもあって、当時から技術系Podcastが存在していたことが窺える。

 

Podcasting Hacks』はもともとは洋書で、ページ数にして400ページを超える大著である。その記念碑的なボリュームが和訳されるくらいには、当時の日本でもPodcastの気運の高まりがあったのだろう。しかし日本でのPodcast文化、技術系もそうでないものも含めて、その後の盛り上がりは今ひとつではなかっただろうか。事実として『Podcasting Hacks』に続く、決定版ともいえるような書籍は長らく出てこなかった。技術系Podcastの盛り上がりもまたしかりで、2000年代の後半から2010年代前半にかけて、僕は技術系Podcastとして個人的に刺さった電脳空間カウボーイズを延々と聴いていた。

 

最近の技術系Podcastの様子と、本書の位置づけ

潮目が変わったのが2013年、この年の2月にはRebuildが始まり、また翌年の1月にはbackspace.fmが始まった。それ以降、この2つに続く形で多種多様な技術系Podcastが数多く誕生し、今ではちょっとしたブームの様相を呈しているように見受けられる。yatteiki.fmもまた近年に始まったエンジニア・クリエイター向けPodcastのひとつで、ここでようやく本書の紹介に至るわけだけど、本書はyatteiki.fm主宰のやっていき手たちが「1年配信し続けてわかった、Podcastの良い所、録音の仕方、公開の仕方、起こりやすい失敗、番組企画の立て方などのノウハウを一冊にまとめた (p.2)」本になっている。個人的には上で紹介した『Podcasting Hacks』に続く、長らく世に出てこなかった、Podcastの決定版的書籍であると感じている。

 

内容:技術の話題

本書では技術系Podcastを配信していくためのテクニックを、技術とマインドセットの両面から紹介している。技術に関する話題について、それは録音に使うマイクや収録ソフト、あるいは番組の企画であったりするのだけど、こうした話題はかつての『Podcasting Hacks』にもあった。しかし『Podcasting Hacks』の発行は2005年、番組構成のノウハウの話はまだしも、ソフトウェアの観点ではすでに古典の域に達しており、なかなか参考にしづらい。2005年の時点では(gitはかろうじて存在していたが)githubもDiscordもSoundCloudも存在しなかった。本書では2018年現在での最新のツールを使って、初心者でもいかにたやすくPodcastを配信できるかを実例をもって示している。

 

内容:マインドセットの話題

そしてもう一方のマインドセットの話題について。「自分には何もないと考えている人」こそPodcastをやるべきだ (p.4)、私はPodcastを通じてあなたの人間性が知りたいのです (p.10)、というような感じのエモいくだりがいくつも出てきて、こんなまぶしさはオライリーの改まった書籍には存在しないし、これだけでもこの本のすごみが伝わってくる。

 

そしてなぜPodcastの配信が続かなくなるのか、そこで大事になってくるのが番組テーマであるとして、読み手の番組企画を助けるチェックリストを用意してくれる。「我々がPodcastを続けていくにあたってぶつかった障害、起こりやすい挫折フラグを質問に盛り込みました (p.49)」とのことで、かなり現実的な項目が並んでいる。加えてもうひとつのチェックリストでは、あなたが得意なPodcastのジャンル(技術系のくくりからは外れるものもあるが)がわかる仕掛けになっている。ジャンルを決めて、チェックリストをクリアすれば、もうPodcastをはじめられる(もしくは、はじめた)気持ちになれるのがすごい。

 

Podcastで大切な3つのこと

「6.2 Podcastのおもしろさの本質」では、Podcastの魅力の本質が提示される。その3つのうちで最も大切な3番目の項目、これは僕自身も同意するものであった。技術系Podcastを聴く動機は技術的なキャッチアップの側面もあるけれど、結局のところは話者のもつ空気を楽しんでいるのだというところがある。Podcastの魅力とはすなわちパーソナリティの人間的魅力であるということ、それは小手先のテクニックではなかなかどうにもしづらい境地であり、いかにして人間的魅力を備えるかについては残念ながら本書でも触れられていない。

 

同様の議論がかつてbackspace.fmでも繰り広げられていたことを覚えている。ニッポン放送吉田尚記アナウンサーがゲストに来た回*2で、そこで氏は今までにないラジオ「Hint」について紹介しているのだけれど、その過程でラジオの魅力とは一体何であるかについて語られていた。詳細についてはアーカイブを聴いてほしいのだけど、いわくラジオとは人の気配発生装置である、我々は聞き流してもいい会話を聞くのが好きなのだと。これもまた音声番組の本質がその内容ではなく、纏う空気にあるという主張のひとつである。

 

おわりに

現役のPodcast配信やっていき手たちによって語られるPodcastの本質、ノウハウ、もしくはpitfallの回避、それらは実際に配信し続けているからこそわかるであろう価値あるものである。

 

先述のとおり、今は多種多様な技術系Podcastのある良い時代になった。探せばきっとあなたの感性にあうPodcast、お気に入りのパーソナリティが見つかると思う。でもそこからほんの一歩踏み出すだけで、聴き手は新たな語り手、やっていき手のひとりになれるのだ。本書が持つ熱量は確実にそれを後押ししてくれることだろう。■

 

今日からはじめる「技術Podcast」完全入門 (技術の泉シリーズ(NextPublishing))